屋外でホースで水浴び 初めてのT字型止まり木 好物の桃を持って リラックス中 足がかゆい おすまし カゴの底 私とトム
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〜純白の羽と黄金の冠の天使〜
外側は純白、内側はレモン色の翼と尾羽。
喜怒哀楽に合わせて動く、オレンジ色がかった鮮やかな黄色の冠羽。
いつも好奇心でいっぱいの真っ黒の目。
教えていないのに、勝手に覚えた人間の言葉を、状況によって使い分ける知能。

美しい姿と高い知能と豊かな感情。
愛鳥家たちが「一度はお迎えしたい(飼ってみたい)。」と口にする、白色バタン系と呼ばれるオウムの仲間の一種、コキサカオウム(濃黄冠鸚鵡)。

そのコキサカオウムである、わが愛鳥のトムを、今までに何度か、このサイトやブログで話題にしてきました。
トムは、私にとって、寂しがり屋の甘えん坊で、いたずら好きの、無邪気な天使のような存在でした。
そのトムが、突然、天国へ旅立ってしまいました。

もう1ヶ月以上たっているのに、毎日涙が出ます。
今、こうやってパソコンのキーをたたいていても、画面が涙でぼやけます。

食事の時に、リンゴやバナナ、マヨネーズやドレッシングがかかっていないサラダの中のコーン、パンなどを見ると、いつも分け与えていた事を思い出し、新聞紙を見ると、鳥かごの底のフン切り網の下に敷いた新聞紙を、くちばしで引っぱり、ちぎって遊んでいた姿を思い出すのです。
私の日々の生活の様々なことがトムと繋がっていて、そんな日々が23年以上も続いていました。
23年という年月は、私の人生の半分以上です。

ちなみにトムに最初に会ったのは、ちょうど30年ほど前です。
今は亡き伯父の家で飼われ始めて間もない時でした。
その後、伯父の家に遊びに行けば、顔を合わせていました。
そして約23年前、ペットを飼えなくなった伯父のところから、私のいる家へやって来たのでした。
30年と言ったら、私の人生の4分の3になります。

トムは伯父の家に来る前は、伯父の会社の同僚に飼われていて、それが何年なのか、はっきりわかりません。
ただ、何年かはあるので、トムが30歳以上だったのは確かです。
コキサカオウムより少し小さいコバタンの寿命が30〜40年だそうですから、トムの寿命は40〜50年くらいはあったのではないかと推測されます。
それでも30歳以上ですから、高齢のほうだったと思います。
だけど、まだ、よぼよぼの老鳥ではありませんでした。
10年前、20年前と比較しても、それほど大きな差を感じないほど、毎日活発に動き回っていました。
間違いなく、あと何年かは、生きるはずでした。

私はトムに致命傷を負わせた者を、絶対に、一生、許しません。

私の一生が終わるまで、あと何年かかるのか知らないけれど。

私があと何年生きて、どんな死にかたをするのかわかりませんが、トムに恥ずかしくない生きかた(死にかた)をしたいです。

トムは、重傷を負って動物病院に入院してから、亡くなる前日まで、自らの意思で、生きようとがんばっていました。
獣医師の先生が、「良いこと」と言ってくださるくらいに。
目をまともに開けられないほど弱っていたのに、なんとか自力でエサを食べたり、水を飲んだりしようとしていました。
そして、ついに力尽きたのです。

私も、そんなふうに生きたい(死にたい)です。
トムが死の傷を負わされた時から続く、怒りと悲しみで、頭と胸がいっぱいで、毎日、涙があふれてきても。
自分にできることを精一杯やって、力を尽くしきる一生を送りたいです。【2013年12月】
追伸

生涯の伴侶を求めず、自分の子孫を残さない、ただ、絵描きとして生きる道を選んだ私にとって、トムは、とても大切な、かけがえのない友であり、家族でした。
そのトムの命を、自分以外の人や生きものに対して慈しみの心を持たぬ人間によって、奪われました。
そのような理由から、新年(2014年)のごあいさつをする心境には、とてもなることができず、誠に勝手ではありますが、今回の新年のごあいさつ(年賀状)は控えさせていただきます。
代わりに、お正月が明けましたら、寒中お見舞いということで、ごあいさつさせていただきたいと思います。
どうか、ご容赦下さいますよう、お願い申し上げます。
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